き み は 甘 く 強 く
少し、ふざけていただけだった。
兵助が喜八郎をからかい、からかわれた相手は少しだけ拗ねたように、腕を
振り上げる。
他愛もないじゃれ合いだった。
不意に兵助の身体はぐらりと倒れ、喜八郎はその隙に、彼に馬乗りになる。
お返しです、と、喜八郎は兵助の腰に触れた。
そこは、彼がひどくくすぐったがる、言わば弱点。
そんな2人の時が凍ったのは、その一瞬後であった。
「あっ!」
声の主は、三郎であった。
襖を開けたまま、驚いたように、そのふたりを見つめている。
しかし、すぐにその目はにやりと笑う。
彼は身を翻し、顔だけを廊下に出した。
「なぁ雷蔵!ちょっとちょっと!」
「なに?久々地いたの?」
「いいから、ほら見て!」
三郎に引きずられるようにして、雷蔵は部屋を覗く。
その目もまた、僅かに見開かれた。
喜八郎と兵助は、動かないままだ。
ふたりが誤解をしているのは、明らかである。喜八郎は兵助に馬乗りになっており、
さらにその手は腰元に触れているのだから。
「な、面白いよな」
久々地が4年に襲われてる。
心底楽しげにそう言われ、雷蔵は我に返った。
「じゃ、邪魔しちゃだめだよ三郎ってば!」
「いや、だって面白いし」
おまえ面白くないの?
そう言う三郎の指は、遠慮もなくふたりを指す。
問われた答えに否定もせずに、雷蔵はふたりに向き直る。
「ごめんね!お邪魔して!」
どこか狼狽しながら、雷蔵は三郎の襟首を掴み、襖を閉めた。
そして喜八郎と兵助は、動かぬまま。
「誤解された、のかな」
平然としている喜八郎とは反対に、兵助は呆然としていた。
天井を向いた顔を覆い、呻くような声が絞り出される。
「・・・どうしよう」
その声に、喜八郎は首を傾げる。
「困るのですか?」
「・・・困るっていうか・・・」
別に、ただふざけてただけだろ?
何もするつもりなかったのに。
だからやっぱり、少し困った。
そう言って、兵助は自分の上に乗ったままの喜八郎を見上げる。
言われたほうは、再び首を傾げた。
「何もするつもりはなかったのですか?」
「は?」
「残念です。私は違ったので」
「え、・・・え!?」
あからさまに狼狽している兵助に溜息を被せ、喜八郎は彼の上から降りる。そしてそのまま
背を向け、再び息をついた。
そんなことを言われて、兵助はさらに戸惑うばかりである。
「・・・何か、するもりだった?」
じろりと、喜八郎が振り向く。
だがその顔も、すぐに壁に向けられた。
綺麗に正座をしているその背中に、兵助は困ってしまう。
「何か、・・・したかった?」
そう言っても、やはり、返事はない。
仕方ない、と、兵助は歯を食い縛る。
「・・・何か、する?」
「・・・・・・・・・」
哀しいかな。
兵助が勇気を出して言ったその言葉も、風より軽く、流されてしまう。
喜八郎の背中は、まっすぐに伸びているばかり。
もう、どうにもならない。
兵助は両手を伸ばし、その肩をきつく、抱き締める。
そして少しだけ泣きそうになりながら、ええい、と、腹を括った。
「・・・何か、しよう」
途端、一輪の花の如き喜八郎の笑顔。
それだけで兵助は、参ってしまう。
「仕方ないですね。先輩が言うなら」
そんなことを言われても、既に鼓動は眩暈より早く。
兵助は観念したまま、そっと心で呟いてみた。
・・・三郎、きみが見たのは、やっぱり事実らしいよ。
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なにが書きたかったかというと、三郎です。
この三郎の反応だけが、1番最初に浮かびました。
2005.08.01
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