B C P

 











































 その休日は、静かな雨が降っていた。
 庭に降りしきる小雨は、さらさらと鈴のような音を立てる。その鈴の音を聴きながら、 喜八郎は部屋に仰向けになっていた。
 近づいてくる足音が、彼の瞼を上げさせる。
 開かれる襖の音が、彼の身体を起こさせる。
 入ってきた兵助は、左耳の後ろを押さえていた。
 小さく眉を寄せて座る彼に、喜八郎もまた首を傾げる。
「そこ、どうかなさったんですか?」
 指差された場所を撫でながら、兵助は息をついた。
「今朝起きたら、なんだかちょっと痛いんだ」
「・・・なにか、病ですか」
「いや、そんなに深刻なものじゃないんだけど、触ると腫れてる感じがするんだ。 何か、できてるような」
 しつこくその場所に触れながら、兵助はあぐらをかく。
「綾部、ちょっと見てくれないか、どんな感じか」
「私が、ですか」
「鏡で見ても、耳の後ろだから解りにくくて」
 了承の合図の変わりに、喜八郎は微笑む。兵助の背後にまわり、結い上げられた 髪の根元に触れた。
 耳の後ろは、一寸ほどの大きさで腫れている。
 中心には小さな赤い点があった。
「蚋にでも刺されたような感じです」
「そうかもな。あれに刺されると、痒いというより、痛いし」
「薬を持ってますから、それを塗っておきましょう」
 そう言い、喜八郎は棚からひとつの塗り薬を取り出す。
 喜八郎が背後に座る瞬間のふわりとした風が、兵助に伝わる。
 そして、その患部に細い指が触れた。
 熱を持った場所に、その指は冷たく感ぜられる。
 兵助は見るものもなく、あぐらをかいた自分の足を見つめた。
「すこし、ひやりとしますよ」
「うん」
 言われた後に、指よりも冷たいものが耳の後ろに触れる。
 静かに、優しく、その薬は塗り広げられてゆく。
 その感覚に、兵助は目を閉じた。
 蓋を閉じる音。
 次に、再び指が彼に触れる。
 それは、耳にではなかった。耳の下の首筋に、手のひらがあてられる。ゆっくりと、相手の 呼吸が近づくのが、兵助にも解った。
 じっと身体を硬直させる兵助に、喜八郎は囁く。
「痒くなっても、掻いてはいけませんよ」
 その声は、耳のごく近くで囁かれていた。
 そう、耳に口唇が触れるか、触れないかの場所で。
 首筋に手を添えられたまま、兵助はぎこちなく頷いた。
 再び、耳元で微かに笑う息。
 手のひらがゆっくりと動き、肩に移動する。
 同じように、呼吸も耳から移動をした
 その口唇が触れた場所は、兵助の、項。
 触れられるとは思わなかった場所に触れられたことで、兵助はさらに身体を硬直させた。 声をかけることも出来ず、彼は息をひとつ、静かに飲み込む。その行為が、喜八郎に知られている としても、彼はそうするしか出来なかった。
 柔らかく押し当てられる口唇。
 いや・・・、柔らかく、しかし、強く・・・?
「ちょ・・・、綾部・・・」
 我に返った兵助は、肩に置かれた喜八郎の手を掴む。
 手を掴まれたまま、喜八郎は悪戯そうに微笑んでいた。
「そ、そんな見える場所に、こんな・・・」
 うまく言葉を繋げない兵助に、喜八郎は顔を寄せた。
「先輩、そんなこと言ったって・・・」
 正面から寄せられる顔に、兵助は動揺する。
「耳の後ろに腫れ物があるのだって、怪しいと思いますけど・・・?」
「・・・そ、それは・・・、蚋に刺されたからで・・・」
 喜八郎の右手が、ついと兵助の耳に触れる。
 その感触に、兵助は顔が紅潮するのを感じた。
「なら、項も刺されたんだと言っておいてください」
 微笑みながら正しい言い訳を繋ぐ喜八郎に、兵助はただただ、顔を伏せるばかりだ。 確信犯への抵抗を、することができずに。
「じゃあ・・・、その蚋は、でかい蚋だ」
「でも私は、痛くしませんよ」
 だいすきな先輩に、痛くするはずなど、ないじゃないですか。








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 久々地をからかうような綾部。
 してやられてしまう久々地。
 そんなふたりがすきです。綾久々のロマンだと思います。

 「ぶよ」のことを、私たちのところでは「ぶと」と言います。アクセントは「と」に おきます。そんな、どうでもいい蛇足でした。ほんとにどうでもいいな!




2005.05.15





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