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欲目と見返り







 誰もが振り向くほど美しい、というわけでもない。
 だが、人目を惹きつける子、というものが存在する。





「・・・15人目だ」
 疲れたように、兵助は喜八郎に耳打ちをする。
 人ごみの中で、相手は顔も上げずに「何がですか」と問う。
 昼過ぎの光に目を細めながら、兵助は再び囁く。
「綾部のこと、見るやつが」
「・・・そうですか」
 言いながらも、喜八郎はただ歩き続ける。
 早く、この人の群れから逃げ出したがっているように。
 兵助もまた、同じ気持ちを持っていた。
 喧騒と、人の波は疲れてしまう。
 そして何より、人の眼から喜八郎を隠せぬことが。





 街を抜け、二人は田園風景の広がる場所を歩き続ける。夕暮れの中を、 数羽の鳶が弧を描いて舞っていた。ゆっくりとした歩みで、 喜八郎はそれを見上げている。
「・・・綾部」
「はい」
「女だけじゃなくて、男にも見られるのって、嫌だろ」
「・・・ええ。特に、物ほしそうな男の眼は」
 鳶から目を離し、喜八郎が微かに笑う。
 そんな人の眼には慣れている。
 そう言っている瞳だった。
「・・・童ならまだしも、綾部はもう13なのに・・・」
 なのに、そういう対象で見るなんて。
 そんな感情が、彼の胸を渦巻く。
 だが、彼も理解していた。そんな不躾な視線を送る男たちにとって、 童であるかどうかは、問題ではない。ただ、見目麗しく、色香を持つものならば、 男でも女でも、構わない。
「久々地先輩」
「ん?」
「私は、先輩が物欲しそうな目をしても、嫌じゃありませんよ」
「えっ」
 言われた兵助は、思わず立ち止まり、眉を寄せる。
 顔が赤くなってゆくのが、自分でも解った。
 彼は口元に手を当て、さぐるように喜八郎を見つめた。
「お、俺、そんな顔してるとき、ある?」
 道の先で立ち止まった喜八郎は、動揺を隠しきれぬまま立ち止まっている兵助に 歩み寄る。
「すれ違う男たちとは違います。下品ではありませんから」
「・・・でも、そんな、顔を」
「先輩」
「・・・・・・」
 無言のままの兵助の手を、喜八郎が握る。
 温かな感触に、兵助は逸らしていた目を戻した。
 夕陽の中で、真っ直ぐに自分を見つめる後輩がひとり。
「先輩に欲しいと思われるのは、幸せです」
 だから、あげたくなるんです。
「・・・綾部」
 再び赤面する兵助を覗き込み、喜八郎は微笑む。
「だから、私が欲しいと言ったら、くださいね」





 射られても良いと思うほどの、目。
 夕暮れに映える、柔らかな髪。
 月光を惹きつける、その肌。
 人々が、ついと見つめてしまうそれらのものは、誰にも振り向くことはない。
 ただひとりを除いて、誰にも。
 そんな者に求められたら、それは、酒の池に落ちるようなもの。





 喜八郎は、兵助の手を引くように歩き出す。
 音もなく絡む、指。
 そして、欲する目と目のぶつかり。





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2005.03.14





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