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鳥瞰







 並んだ2人が、晴れ渡る空の下、草の上に身体を横たえている。
 ひとりは目を閉じ、ひとりはその空を見上げている。
 空を見上げているほうの少年が、口唇を開いた。
「この世に存在している全ての人間が消えてしまったら、・・・鳥は、どう思うでしょうか」
 もうひとりの少年が、瞼を持ち上げる。
 黒い眼球に、真っ青な空が映る。
 その目は、相手のほうに微かに動いた。
「全てって・・・ひとり、残らず?」
「はい」
 問いかけた喜八郎の目は、まっすぐに動かない。その動かない目に、兵助の 視線は注がれている。だが、すぐに彼も、空を見上げた。
 その天空には、幾羽かの鳶が緩い弧を描いて舞っている。
 秋晴れの風景だった。
「きっと、寂しいと思うよ」
「・・・そうだと、いいのだけれど」
 それはまるで、「鳥は人が消えてしまっても、動じはしないだろう」と言っているようにも 聴こえる。
 兵助は、身体の向きを変えて、喜八郎のほうを向く。
「俺が鳥だったら、寂しいよ」
「・・・そう、ですか」
「綾部も、いなくなるってことだろう?」
 喜八郎は、横目で、まっすぐに兵助見つめる。
 その視線に動じることなく、兵助は微笑んだ。
「綾部がいなくなったら、寂しいから」
 言って、兵助は喜八郎の額にかかった前髪に触れる。そよ風が吹くほどの、 ささやかな動きだった。
「・・・先輩が鳥だったら・・・、寂しいですね・・・」
「どうして」
「私はいつも、空を見上げていなくてはなりません」
 それはあまりにも、遠すぎて。
「私からは、会いにいけませんから」
 そう言う喜八郎は、先刻から表情を変えない。
 だが、それらの言葉は決して無心のものではなかった。
「俺も、鳥だったら、寂しいかもな」
「・・・そう思ってくれますか」
「うん。遠くから見てるだけなんて、嫌だからな」
 喜八郎は、兵助と同じように相手に身体を向ける。
 そして、彼がしたのと同じように、前髪に触れた。
 その動きに、兵助がくすぐったそうに笑う。
「空が飛べたらさ、楽しいかもしれないけど」
 でも、
「俺は、地面にいるほうがいい」
「・・・・・・私も、そう思います」
 こうして、同じ目線で、触れ合えるほうが、ずっと。
 ずっと、幸福だ。
「鳥を恋人に持つ人は、秋が、嫌でしょうね」
「なんで、秋が?」
「だって、秋の空は高いでしょう?」
 高くて、遠くて、恋人が小さく見えるから。
 そんな言葉すらも、喜八郎は真剣な表情で言う。
 だから、兵助も、ばかにしたりはしない。
「でも、私は、秋でも平気ですね」
 私がいとおしいと思う人は、鳥ではないから。
 こうして、同じように、地に立つ人だから。
「秋も、怖くありません」
 祈るように目を閉じた喜八郎を、兵助は静かに抱き寄せた。
 空など、飛ぶことのできぬ腕で。
 それでも、彼はできる。
 守ることならば、その腕でも。





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 消してしまった「穂先」の、全く違う形のようなものです。
 この話だけは、どうしても 綾久々で書きたかったので、出来はどうあれ満足しました。




2005.02.14





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