本と私と

















「・・・何?綾部」
 音もなく背後に現れ、気配もなく抱きすくめられる。
 そんなことをする相手は、いつも1人。
 背後の少年は、可笑しそうに笑うばかりで何も言わない。
「読書の邪魔だろ」
「こうしていても、頁ぐらいはめくれると思います」
「・・・まあ、そうだけど」
 兵助は腕を振り払うこともなく、再び読書を始める。
 首筋の温もり。そして、彼の香り。
 それらが兵助の集中力を削いでゆく。
「・・・綾部、集中できないんだが」
「それは、私のせいですか?」
「そうだ」
 無理に強気を装い、兵助は喜八郎の手を払う。
 そうされたほうは僅かに口唇を尖らせて、次に背中にぴたりとくっついた。それに 閉口した兵助は、振り向いて僅かに喜八郎を睨む。
「こら」
「これもだめなんですか」
「だめだ」
 喜八郎と身体を離し、兵助は再び読書を始める。
 心を鬼にして読まなければ、頭に入りそうにもない。明日の 期日には返さなくてはならない本である。入ったばかりの本で人気があり、もう1度借りるのは 難儀だろう。だからこそ、今日中に 読んでしまいたかった。
「久々地先輩、今日は冷たいですね」
 無視しながら、兵助は次の頁を繰る。
「いつもなら構ってくれるのに」
 それでも彼は表情を変えない。
「私よりも、本が大事なんですね」
「・・・そうだ」
 言われた喜八郎は、目を見開き、怒ったように眉を寄せた。
「・・・わかりました。じゃあ、先輩が本を借りてから1週間は、絶対に部屋に入らないようにします」
「え!?」
「借りた冊数かける1週間の間、先輩には近寄りません」
「ちょっ、綾部・・・」
 兵助は狼狽しながら、ようやく本を伏せる。
 身体を動かして、喜八郎に向き直り、兵助は咳払いをする。
「そ、そういうことを言ってるんじゃなくて・・・」
「私より、本が大事だと仰ったじゃないですか」
「この本はどうしても今日中に読みたくて・・・」
「本より格下だと仰られるなら、私が引き下がるしかありません」
 そう言って、喜八郎は立ち上がろうと畳に手をつく。
 兵助は慌ててその腕を掴む。
「ま、待て待て、綾部!」
「なんですか」
 むっと口唇を尖らせたまま、喜八郎は兵助を睨む。
 その顔は怒っているというよりも、拗ねている顔である。
 彼を拗ねさせるというのは、怒らせることよりも質が悪く、後を引く。そのことを兵助は 誰よりも知っている。
 彼は後頭部を掻いた。
「わ、悪かった。・・・くっついていても、いいから」
 その言葉を聴いてもまだ、喜八郎の顔は変わらない。
「でも、本のほうが大事なんでしょう」
「いや、・・・あ、綾部のほうが大事だ」
「本当ですか」
「ほ、本当だ」
「嘘だったら、図書カード燃やしますからね」
「えっ!?」
「・・・燃やしますからね?」
「は、はい・・・」
 兵助の返事を聴き終わる前に、喜八郎の顔は満面の笑みに変わっている。どうやら、 気が済んだらしい。
 兵助の左腕に絡みついて、彼はぴたりと身体を寄せる。
「どうせこうなるんですから、先輩も余計なこと仰らなければ良かったんですよ」
 その確かな真実に、兵助は項垂れる。
 左腕に、にこにことした後輩をぶらさげて、彼は必死で読書を続ける。だが、 それが頭に入っていたか否かは、本人しか知る由はない。













 リクエストをくださった早川奈緒さまへ。

「綾部が一方的で甘め」、ということだったのですが、もしや「一方的」の 解釈間違っていますか…!?片思いとか、そういうほうだったらすいません…!完全に 「綾部の一方的な押し」になっておりますので…!

 くっつき魔綾部と、完全に尻に敷かれる久々地の話。
 前半の久々地は先輩っぽかったのに。
 最後は脅されてますからね…笑
 でも小悪魔綾部大好きなんです。楽しかったです。




2004.12.31









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